兵庫県の注文住宅建築設計事務所 松尾設計室のブログ

「健康で快適な省エネ住宅を経済的に実現する」設計事務所です。

祖父が亡くなりました。大往生でした。何とか見送ることができました。

祖父が亡くなりました。大往生でした。何とか見送ることができました。

昨日書いた緊急事態とはこのことでした。
身内のみでの密葬であったこともあり、書きませんでした。
今日無事に葬儀を終えました。満93歳の大往生での老衰死でした。

一昨日青森についた瞬間に父から亡くなったとの電話を受けました。
しかしながら、一昨日、昨日と私メインの講演が組まれていたので
お通夜には参加できませんでした。しかも今日も名古屋で講演だった
ので本来なら参加できないはずでした。

しかしながら、今日の講演の私のパートを昼からにずらしてもらうことで
なんとか葬儀に参加することができました。最後に見送ることができてよかったと
思います。

また、4日ほど前の日曜日にも娘を連れて会いに言って話もしてきました。
弟夫婦は死の前日に会いに行っていました。皆が死の直前に顔を見せて
話をすることができたのは本当に良かったと思います。

また、時間の都合で葬儀に参加するのが精一杯でしたが、それでも最後を
見送れたことは無理してでも帰ってきて良かったと思いました。

私が産まれてもうすぐ40年になりますが、初孫だったこともあり、本当に
本当に可愛がってもらいました。岡山だったこともあり、年に4回くらいは帰省してましたし、
夏休みは一ヶ月単位で自分だけ遊びに帰っていました。大自然に囲まれながら本当に
楽しい時間をたくさん一緒に過ごしてきた祖父でした。

大往生でいい死に方だったと思いますが、それでも最後に見送るときには
涙があふれました。祖父は戦争を体験した生き証人でした。しかも
祖父が行った戦地は小説「永遠のゼロ」のごとく過酷なところだったようで
300人赴いた日本人のうち、帰ってこれたのは祖父を含めて3人だけだったそうです。
まさに、私などには想像もつかない生き地獄を味わって来たのだと思います。

死ぬ間際になってもいつも私のことを気遣ってくれ、また
日本がこの先どうなっていくのかをいつも気にしていました。
本当に優しくて、賢くて、暖かい祖父でした。

しかしながら、唯一残念だったのは60年ほど住んだ自分の家で死ねなかった
ことです。今日本では自宅で死ねる人は12%しかいないとのことです。
お墓はその家のすぐ近くにあります。あの土地に戻してあげることが
祖父にとって一番うれしいことではないかと思っています。

身近な人の死を見ると改めて日々その瞬間を全力で生き抜いていこう
と改めて思うった次第です。







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